イグナイト・オピニオン

さらなるITイノベーションに向けて

  第一回目は手始めとして月並みなテーマになりますが、イグナイト社内で日々議論されている“ITイノベーションの展望”なるものを掲載してみました。過去の経験が将来の成功に結びつくと必ずしも言えないのが、ビジネス界の定説のようです。しかし、ことITビジネスの世界では或る一定間隔でパラダイムが変わっていき、その中でも繰り返し、振れ戻りがあるということが大きな特徴です。従って、温故知新という古典的な考察も、今後のITビジネスの展開を予見する上で多少なりとも役に立つのではないかと考えます。

ITはどの様に我々と関ってきたのか?

 ITの基幹技術であるコンピューター時代の黎明を告げたのは、1964年に登場したIBM社のSystem/360といっても過言ではないと思います。

当時のコンピューターは、ハードウエア的にもソフトウエア的にも相互依存性が高く、且つ用途別に特化した傾向が強くありました。その様な固定観念に対して画期的なイノベーションをもって登場したのがSystem/360でした。System/360はソフトウエアを入れ替えることにより、事務処理機用にも科学計算機用にもどんな用途にも利用できる、文字通り360度に適応できる画期的な汎用コンピューターとして一つの伝説を作ったといえます。今では情報処理技術の常識となっていますオペレーティングシステム、デザイン・アーキテクチャー、入出力機器インターフェースの共通化、半導体パッケージ技術などのコンセプトもSystem/360を源流としています。次期機種として1970年代初頭にリリースされたSystem/370には、VM(仮想化)やマルチプロセサーが実装されていましたから、現在のIT業界で主流になっている最先端技術の多くは40年余り前に登場し、今では“恐竜”と揶揄されるメーンフレーム技術のお裾分けと考えることも出来ます。

当初のコンピューターは厳格に管理されたマシンルームに設置され、特別な教育をされた社員のみが運用を任された存在であり、その用途もかなり限定されたものでどちらかというと会計機(パンチカード・システム)の高速版と言った位置づけでした。現にIBMの創業者である、トーマス・ワトソンでさえ、“世界中にコンピューターは5台もあれば十分だろう”と言っていたそうです。ITの世界ではこの手の迷言は結構あり、マイクロソフトのビル・ゲーツでさえ、“PCのメモリーは640Kバイトもあれば、どんなユーザにも十分だろう”と言っていたのどかな時代もあったのです。(1981年) 因みに、マイクロソフトの最新OSであるVistaの推奨メモーリーサイズは1Gバイト以上ですから、ことITビジネスに関しては市場予測が難しいという証左なのかもしれません。

以降、コンピューターによる適用業務が増えるに従い、その存在は特定の人(SE、マシンオペレータ)による、特定な場所(コンピュータールーム)から解き放たれ、関連する人々が増えれば増えるほど、新しい需要が創生され、その需要を満たすためのITイノベーションがうまれ、それがまた新規のIT市場を作り出すある種のエコシステムが完成されているともいえます。 黎明期のハードウエア、ソフトウエアという分類から、それぞれの技術が細分化、専門化する過程で、数多のイノベーションが生み出されました。ハードウエアは、サーバー技術、ストレージ技術、通信技術、半導体技術に、ソフトウエアは言語、OS、ミドルウエア、アプリケーションとそれぞれの分野別に特化されて進化し続けています。ハードウエアは、より速くより大量の情報処理を可能にすべく、ソフトウエアは人間とコンピューターの間の壁を取り除くべく、イノベーションへのチャレンジが続けられています。

ITの世界には他の業種に見られない実に不思議なルールやバズワードが数多く存在します。 “ムーアの法則”は、その典型的なものです。顧客の誰もが望んでいるわけでもない半導体の集積度の技術スピードを半導体技術者は狂信的に追及しています。同じような理屈でプロセサーのスピードを1年半から2年の間に倍にすると言うのもあります。この教条的ルールはハードディスク技術にも見られます。より回転スピードを早くし、より大きい容量のものを競い合っています。この異様な技術変革スピードでも“過剰慣性”に陥らない背景にはソフトウエアの存在があります。“コンピューター、ソフトなければただの箱”とよく言います。初歩的なコンピューター言語はアッセンブラーというものでした。一行のプログラム記述がプロセサーの一マシン語とほぼ同じ処理を意味していた時代から、現在のJavaやXML言語に至る高級言語への過程でコンピューターはより高速な処理スピード、膨大なメモリーとハードディスク容量の需要を創り続けてきました。加えて、ソフトウエアのビジネスモデルも高機能ハードウエアの需要を常に刺激しているといえます。顧客の期待は別として、定期的なソフトウエアのバージョンアップはより高機能なハードウエア(プロセサースピード、メモリー・ディスク容量)を必要とし、或る意味“過剰転移”現象と見られるのもIT市場の特殊性かもしれません。しかしながら、我々はITテクノロジーで構築されたインターネット・携帯電話網などの真っ只中におり、“ネットワークの外部性”(ネットワーク利用者の数によって、個々の利益者の便益度が決まる)という目に見えない意思で、日々最新ITテクノロジーを享受しているのも事実なのです。

ITイノベーションの真の姿

 ITイノベーションは確かに我々を取り巻く多くの課題を解決・改善してきたと思います。極めて限定された目的(主に軍事目的)で開発された最初のコンピューターは、真空管18、800本とリレーで動作する重さ30tのENIACという代物でした。今では携帯電話に入っているプロセッサーでさえもENIACの数十万倍の計算能力があります。1908年に世に出たT型フォードと100年後の現在の自動車とは、極端な話、大きな差異は無いと思います。何故ITという分野が60年という短期間に、急速な進歩・変化を遂げたのでしょうか。経済の大原則である“費用と便益”の視点で言えば、“役に立つ”ということに尽きると思います。イノベーションとは単なるインベンション(発明)とは違い、“社会に役立つ”という強い属性を持つものです。 事務処理の効率化という最初の目的を果たし、オフィスワークの効率化へ発展し、PCの出現により家庭内への浸透を実現し、インターネットにより“時間と距離”、“情報の共有”という課題も解決しつつあります。この自由闊達なマーケットは、世界中の事業家・技術者が自身のイノベーションを競い合う“道場”であり、自分の夢がかなうかも知れない大空間でもあるわけです。Linuxはフィンランドで生まれ、Skypeはエストニア、Rubbyは日本で誕生と、ITイノベーションは米国シリコンバレーやボストンRoute128に限らない、まさに“World is Flat”の世界を具現しているのです。

しかしながらITに対して率直な疑問を持つ人々も沢山います。或る米国ITベンダーのグローバルCEO/CIO調査では、彼らの多くが自社のIT投資効果に疑問を持っているといわれ、ITベンダーに振り回されている現状に不満を示しています。IT製品の一部には、明らかに過剰機能なものもあります。これは前述したように、IT市場にはハードウエアとソフトウエアがポジティブフィードバックすると言うメカニズムが働き、通常の顧客要望を超えた製品が供給され、結果的にクラッシュする危険性をはらんでいるという指摘もあります。(事実ITバブルは起きました)

残念ながらITベンダーの顧客目線も極めて観念的なものが多く、顧客のペインを解決するといいながら、実態はプロダクト・アウト的な発想が強いというのが実情です。この様な現状分析を元に、今後のIT市場の成長は平均5-8%程度のものだろうと指摘しているアナリストもいます。特にハードウエア投資に対する成長には悲観的な声が大きいように思います。

2004年12月、米国NIIにおいて“イノベート・アメリカ”(通称:パルミザーノ・レポート)が発表されました。要旨は、イノベーションが国家競争力の源泉であり、経済発展・社会発展の原動力であると言うものです。レポートの中で幾つかの重要な提言がされており、特にイノベーションの創出を刺激するために米国社会を最適化していくというものです。その中身は、インフラ整備、人材確保、教育、投資、といったエコシステムの確立です。わが国でも2007年、安倍内閣の時に同様の趣旨で“イノベーション25”レポートを発表しました。この一連の動きに対する多少の私見を許してもらえるならば、これらの国家施策はITイノベーションと深く結びついたものだと言うことです。今までのIT市場は、プロダクト・アウト的な要素は強いものの顧客とメーカーの間の需要と供給という2次元的な枠組みの中でのイノベーションだったと思います。一方、“イノベート・アメリカ”やGIO(注:IBM社が2004年より実施している“今日の社会における重要課題”を世界中の知識人と議論したアニュアル・レポート)の提言は、我々を取り巻く社会生活の変革・改善にITイノベーションの潜在需要が膨大に存在するという別なアングルからの提案だと考えられないでしょうか。

具体的な例を幾つかあげます。医療システムはどうでしょうか。確かにITシステムは既に導入されています。しかし、我が国の医療システムは系列病院単位で閉じたもので、且つ他業種で見られる一般的な事務処理の効率化といった側面が強いものです。最先端の医療トレンドは治療(Cure)から予防(Prevention)へ、そして予測(Prediction)へと移るべきだとする考え方が主流になりつつあります。各病院の患者カルテをEHR(Electronic Healthcare Record)としてDB化し、医療スタッフが情報を共有化することにより予防医療に生かすことは可能だと思います。Googleが遺伝子診断会社に投資しているのも、この分野での事業の可能性を予見しているからだと思います。トーマス・フリードマンが“グリーン革命”で主張しているように地球温暖化への歯止めの対策にもITイノベーションは必須なのです。ITの世界で培われたパワー・マネージメントの技術コンセプトは、スマート・グリッドという形で送電システムに応用されようとしています。バッテリーを動力源とするハイブリッドカーや電気自動車の普及は、ITイノベーションの宝庫でしょう。日々の市民生活、行政サービスはどうでしょうか。ITイノベーションの恩恵を一番受けていない分野ではないでしょうか。米国のある大学の世界の電子政府ランキング調査では、わが国の行政サービスの電子化普及度は北朝鮮と同程度というブラックジョークのような話もあるそうです。

従来のIT技術の応用という固定観念から離れ、我々を取り巻く社会インフラの課題は何かという俯瞰的な目線でみれば、ITイノベーションが更に加速され事業分野を超えた膨大な広がりが期待できるのではないでしょうか。

それがITイノベーションの真の姿であり、イグナイトがベンチャー企業の皆様、投資家の皆様と共有出来るビジョンであり夢でもあります。

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